基幹部品は日本で作る

世界で30~40年の需要、同時に起きる

インタビュー、木下 章取締役専務執行役員。_R

 5Sの行き届いた工場だった。人の手や工夫がきめ細かく入り、組立現場の至るところで綺麗にする工場づくりが行なわれていた。これまでに、国内外の製造業を数多く取材してきたが、これほど塵や埃を嫌うところはなかった。さらに加えれば、次工程に繋ぐ部品の配膳、7tから95tの大型油圧ショベルを全員がチームワークを組んで建機をつくる工夫は一見に値する。とても月産700台、日産35台のショベルを混流で組み立てる現場には見えない。生産現場のトップ、取締役専務執行役員で同社の基幹技術を開発するグローバルエンジニアリングセンター(以下、GEC)のセンター長、木下章氏に近況と今後について聞いた。(2015年8月21日、コベルコ建機五日市工場で)。

塵、埃はアウト

―実に綺麗な現場でした。女性が多く働き、工事現場で使う建機をそこまで綺麗にしてつくる必要はないのではと思いました。
「泥にまみれて使われるショベルですが、建機の心臓部、油圧機器は塵を嫌います。理由は誤作動につながるからです。その油圧を取り扱う工場ですから、ある程度清浄度を保つことは大事です。一方で、工場と販売の距離が近いのが、我々規模の企業は大事だと思っています。営業がお客様をお連れいただく際に、建機づくりを判っていただき、納得をしてお買いいただけるためです」。

―フォークリフトを工場内に入れないで、全て電気搬送車に部品を積み替えます。効率より環境を重視されているように感じました。また、工場内はタイヤの塵を取る粘着テープを貼る、ピカピカ通路があり、汚れたら床を手で拭いています。
「ぴかぴか床にしたら汚したくありません。このため、床を拭く、簡単に取替えのできる粘着テープにし、常に電気自動車のタイヤの塵や埃を取り除きます。五日市工場に来て、営業がお連れする人が随分増えました。祇園工場は、それなりの工夫はしていましたが、昔からの設備で工夫にも限界がありました。ここ五日市工場に盛り込んだ品質へのこだわりを見てもらうことが営業の一つの大きな武器になっています」。

―工場が営業マンの一人とお聞きしました。
「リーマンショック前に一度、祇園工場の移転計画がありました。ところが2007年ごろは結構忙しく、能力的にも限界に来ていたので、どちらかと言えば増産投資のイメージを新しいところに期待しました。その時にリーマンショックを経験し、ドーンと落ちて目が覚めました。移転の話しは一旦凍結し、単に人を減らすのでなく「活人」を目指し、ラインで作業していた約100人の人たちに改善活動をしてもらいました。全員必死でした。作業改善をして2年半ぐらいして移転計画を再開した時は改善で育った人たちが、大きな力を発揮してくれました。作業が良く判っている人たちが計画をしたので、自分たちが一番作業をし易い、一番綺麗にしたい、女性が働ける現場にしたいなど結構細かいところまで改善を進めました。その姿が集大成になっています」。

―思いが形になった。
「一つはそうです。やはり油圧機器を扱うからクリーンにしなければならない、もう一つは大きな機械なので、部品も結構大きく重たい。その部品を取り付ける組立作業を楽にする、1日に何回もやっていれば安全上にも問題がでる、何しろ楽に作業ができる、手間をなくす、いちいち取りに行くのも大変だからと“楽々”改善を旗印にして取り組みました。最後は、ショベルの専業メーカーとして、且つ他社のように広い工場を持っていないので、混流して作っていかなければならない。今、ラインでは7tから30tまでのショベルを流していますが、多分、世界中でここしかない。そこに知恵を絞り、とにかく何でも流せる、ラインを長くしない、そのためにはスペースを有効に活用する。そうすると仕掛かりを置いてはいけないことで、直結ラインで溶接から完了まで1本にしました。リスクは非常にありますが、敢えて選択しました。現在も日に何回か止まることがあります。止まれば全部止まるので、その停止時間を少なくするよう追い込んでいます」。

―止まっているような動きのコンベアとゆっくり動くベルトコンベアが、最終工程でドッキングします。手品みたいですね。
「基本的にはメインの組立ラインは、ずっと先にサプライチェーンが繋がっています。うちの部品専門工場の沼田工場、部品を供給していただいているサプライヤー、ラインに向けてどういう手順でどう物が入って来るかをキチンとやって、仕掛かりをゼロにする。究極的にはJITに近いと思います。そこを実行しています」。

―綿密な連携が必要ですね。
「トラブルが全くないわけではありません。現在も止まることがあります。しかし、停止時間をできる限り短くして行く、そのためには何をしたらいいか、当然のことながら後追いでやっていると止まってしまいますので、前もって手を打つ。前へ、前へ押し上げる。これもサプライチェーンの基本です」。

―MAXで年産8500台の能力を持ちます。何社かの企業を巻き込んで一つのラインに集中させる。しかもお客様のいろいろなニーズがあり、実行は大変ですね。
「そこに集中して取り組んでいるという事以外の何物でもありません。仕様は結構沢山ありますが、仕様だけでなくサイズもマチマチの製品を一つのラインで、現在、13.7分に1台のピッチタイムでやっています」。

―祇園工場の時と比べどのくらい変わったのですか。
「基本的なものの作り方は変わっていません。ただ現在は、時間指定で全部納入をしてもらい、外部にも倉庫を持ち順番に入れていますので、そこが祇園との違いです。祇園工場は、1カ月前に生産計画を立て、決めたら1カ月間は変えない。そうすると生産するのはいいのですが、作った後に在庫が貯まる。結局いらないものまで作っていました。今度はこの1カ月をどんどん縮めて行き、1週間ぐらいのところまできている。最終の順番を確定するのは、販売、受注仕様が決まっているものに限るようにしています」。

――建機工場では珍しく女性が多く活躍されています。
 「女性も男性も差別はありません。溶接をやりたいと言う女性も何人かいます。男子の職場と言うイメージが強いところにも希望される人には働いてもらっています。このため、女性が働きやすい職場にして行かなければなりません。改善です。女性もできる職場に改善することで、環境を変えることに繋がります」。

―現在の受注状況についてお聞かせ下さい。
 「国内は、昨年秋ごろから低下しています。ただし、特殊車がこれから期待できます。ショベルの機能を生かし、日本市場のニーズに合わせ品揃えを他社さんが取組む以上にキチンとやります」。

―日本の建機市場の未来は。
 「市場は広いです。世界には1から始めるインフラ需要が大きくあります。つまり発展度合いによって、20年前、30年前の日本の需要のようなのが起きています。ただ、その一番前を走っている日本やアメリカ、欧州は用途もいろいろ複雑化してくるし、多分リコンストラクション(reconstruction。再建、復興)の世界に入っているので、都市で使われるものに適した、うちで言えば低騒音、低振動を織り込んだ製品です。もちろん排ガス規制に追従し、最先端のレンジから、今始まったばかりのマーケットまで、日本で経験してきた時代で言うと、30年から40年の需要が同時に動いている時代ですので、多様化します。建機市場はますます期待ができます。綺麗だといっていただける工場はまさにその先端を切り拓いて行く重要拠点です」。(五日市工場には、これまでに1万五千人近くの人が見学に来ている。なかには競合メーカーも訪問すると言う。工場の未来の姿がそこにあるのではないか。お忙しいなか、取材に応じていただき感謝と御礼を申し上げます)。


プロフィール

1981年4月 神戸製鋼所入社
1999年10月 コベルコ建機 生産本部 生産企画部 生産技術グループ長
2001年6月 同 生産本部 生産企画部長
2003年4月 同 企画管理部付(成都神鋼建設機械有限公司)
2004年4月 同 企画管理部付(杭州神鋼建設機械有限公司)
2007年4月 同 理事 開発生産本部 調達部長
2011年4月 同 常務執行役員 開発生産本部長
2011年6月 同 取締役 常務執行役員 開発生産本部長
2012年4月 同 取締役 常務執行役員 グローバルエンジニアリングセンター長
2015年4月 同 取締役 専務執行役員 グローバルエンジニアリングセンター長(現在にいたる)


 

日本産機新聞 平成27年(2015年)9月25日号